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【トーク・装束体験・ぷち観光】「紫式部と唐津の意外な関係」をおこないました!

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平安時代好きブロガー・『源氏物語』史跡ナビゲーターのなぎです。
2019年3月9日のこと。

昨年に引き続き今年も佐賀県唐津市鏡にて
「紫式部と唐津の意外な関係」をおこないました。

 <午前の部> その1:トーク

当日は6名の方がお越しになり
「紫式部と唐津の意外な関係」と題して
『源氏物語』のこと、紫式部のこと
『源氏物語』に登場する唐津の各地をご紹介、
さらに『源氏物語』の作者である紫式部が
どうして唐津の地理を知っていたかについて
楽しくお話させていただきました。



 <午前の部> その2:簡易装束体験

今年はご参加くださったゆかりさんのご厚意により
単(ひとえ)と袿(うちき)を洋服の上から着装体験!

みなさまに大変喜ばれました。
ゆかりさんありがとうございます!!


私の後ろ姿



 <午前の部> その3:古代の森会館「唐津のひいな遊び」見学


「唐津のひいな遊び」にて展示されていた博多人形『玉鬘』

『源氏物語』に登場する姫、玉鬘は肥前国に移り住み美しく成長しました。





着装体験後の装束は古代の森会館「唐津のひいな遊び」にて2日間限定で展示となりました。





 <午後の部> 『源氏物語』ゆかりの地ぷちタクシー観光

 鏡神社⇒玉鬘古墳⇒鏡山展望台⇒唐津城 を4名で訪ねました。


 鏡神社


鏡神社 一の宮 ご祭神:神功皇后


鏡神社 二の宮 ご祭神:藤原広嗣朝臣


『源氏物語』や『紫式部集』で“松浦なる鏡の神”と和歌に詠まれた神社です。



 玉鬘古墳


玉鬘古墳の入口にて。

『源氏物語』に登場する玉鬘が大夫監の求婚から逃れるために身を隠したと伝わるほら穴(実際は古墳)が奥にあります。
入口には解説の看板も。



 鏡山展望台


『万葉集』にも詠まれた伝説の松浦佐用姫像

『源氏物語』読者にとって“松浦”という地名の登場は松浦佐用姫の故事や歌をイメージしたと思われます。



展望台から眺めた唐津市街地と松浦川、唐津湾。


展望台から眺めた唐津市街地と虹ノ松原と唐津湾。

『源氏物語』に登場する玉鬘たちは松浦川あるいは唐津湾から船出して帰京します。



 唐津城

『源氏物語』で詠まれた和歌において“浮島”が登場。
浮島とは松浦川の河口にあった洲で
①現在の東唐津あたり
または
②現在の唐津城がある満島山(まんとうざん)あたり
とも言われています。

※浮島には別の説もあります。
※肝心の唐津城天守閣の写真を撮り忘れました。



唐津城(舞鶴公園)から見た唐津湾と松浦川下流



…というわけで楽しい1日でした。



ご参加くださいました皆さま
会場をおかりしました古代の森会館さま
ぷち観光でお世話になりました温泉タクシーさま
ありがとうございました!!



 こちらもご覧くださいませ。

・webサイト『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』源氏物語ゆかりの地“松浦なる鏡の神”鏡神社



【佐賀県唐津市】唐津城の藤 (2019年4月20日)

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2019年4月20日、佐賀県唐津市でのこと。

アニメ「ユーリ!! on ICE」への熱が冷めやらず
放送後から唐津を訪ねる回数がすっかり増えました。
(最近はTwitterに投稿するものの、ブログを書くのを後回しになっています


4月20日(土)
唐津城へ藤を見に行きました。
藤棚は五分咲きくらい。












藤棚にはヴィクトルの特大ステッカーがあります。



藤棚の下からベンチ方面を眺める。




勇利とヴィクトルが座ったベンチ
周囲の桜も花が散り新緑がまぶしくなりました。


ベンチにから見た天守閣と藤棚。
右側には躑躅(ツツジ)が咲いていました。




天守閣



天守閣(入口側)







八重桜も楽しむことができました。



晴天に恵まれよかったです



【ネットプリント】 唐津城と藤 【2019年5月2日23時59分まで】

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私のささやかな日常。
先日、唐津城で撮った写真をセブンイレブンのネットプリントに登録しました。

もしプリントしたL判写真やハガキが欲しいと思われる方がいらっしゃいましたら
それぞれセブンイレブンでプリントできます。


①予約番号81698601、はがき カラー:60円、

※左右上下に余白アリ
※画像はイメージです






②予約番号99409165、L カラー:30円
※画像はイメージです





いずれも、期限は2019年5月2日23時59分までです。

私に利益は発生いたしません。
お手数ですがプリント代金のみご負担くださいませ。

どうぞよろしくお願いいたします。


プリント期限が過ぎましたら、このブログ記事は削除いたします。

【山口県防府市】防府天満宮 (2019年4月12日)

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平安時代好きブロガーの なぎ です。
2019年4月12日のこと。

友達に逢いに山口県防府市を訪ねました。
久しぶりの再会が嬉しくて嬉しくてたまりませんでした!!


レンタサイクルを利用して移動し、最初に防府天満宮を参拝。


 防府天満宮



楼門

防府天満宮は、“日本で最初に創建された天神さま”と称されています。




ご神牛




拝殿

 <ご祭神>
 ・菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
 ・天穂日命(あめのほひのみこと)
 ・武夷鳥命(たけひなどりのみこと)
 ・野見宿禰(のみのすくね)




春風楼から見た防府市街。
名残りの桜も綺麗でした。






 昼食。

「スマイルほうふ」にあるレストラン「プラスワン」で昼食をとりました。


「長州鶏照り焼き丼」です。


照り焼きチキンの上で温泉卵がふるふるしています。

とってもおいしかったです!!




次は、周防国分寺を訪ねました。

 周防国分寺へ続きます。

【山口県防府市】周防国分寺 (2019年4月12日)

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平安時代好きブロガーの なぎ です。
2019年4月12日、山口県防府市でのこと。

防府天満宮の次は、周防国分寺を訪ねました。


 周防国分寺

奈良時代、聖武天皇の詔によって天平13年(741年)に
国分寺と国分尼寺が国ごとに建立されました。

周防国分寺はそうした国分寺のひとつ。
現代の伽藍は奈良時代の創建時の位置に建っており
全国的に珍しいのだとか。

境内は国の史跡に指定されています。


かつては
南大門・中門・回廊・金堂・講堂・七重塔など
七堂伽藍があったそうです。
創建当時の御本尊は釈迦如来。


現在は
仁王門・金堂・聖天堂・二の門・持仏堂・庫裏・長屋・土蔵 があります。
現在の御本尊は薬師如来。




仁王門



仁王門から見た金堂


金堂前には桜がまだ咲いていました。


金堂は江戸時代の再建です。
御本尊は、薬師如来坐像(室町時代制作)


仁王門や金堂の姿が美しくて見惚れてしまいました。





次は、周防国衙跡を訪ねました。

 周防国衙跡へ続きます。

【山口県防府市】周防国府跡 ~清少納言も訪れた!?周防国~(2019年4月12日)

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平安時代好きブロガーの なぎ です。
2019年4月12日、山口県防府市でのこと。

周防国分寺の次は、周防国府跡を訪ねました。


 周防国府跡

山口県はかつての「長門国」(西部)と「周防国」(東部)からなります。
周防国の国府は現在の防府市に地名が残る“国衙”にその中心がありました。

※国府=国に置かれた役所がある所在地。
※国衙=国に置かれた役所のこと。国庁とも。



周防国衙跡史跡公園に立つ国庁の碑(幕末に建立)


同じく国庁碑をひいて撮ってみました。


とても広い公園です。


西北隅の「史蹟 周防国衙跡」碑
(今回は訪ねていませんが、東北隅・東南隅・西南隅にもそれぞれ碑があるそうです)


防府市公式ホームページ周防国府のページより。↓

 周防国府の範囲
  国府の広さは、方八町(約850m)の国府域と中央に方二町の国衙域から成り立っている。(一町は約109m)




国府では中央によって任命され派遣された役人[守 (かみ) ・介 (すけ) ・掾 (じょう) ・目 (さかん)の四等官や史生(ししよう)]と現地で雇われた人々が仕事に就いていました。


周防国府は江戸時代になるまで海に面しており、国府に付属する港があったのだそうです。
山陽道<陸上交通>と瀬戸内海<海上交通>の要所だったのですね。




 清少納言も訪れた!?周防国

清少納言の父である清原元輔は天延2年(974年)周防守(周防国の長官で任期は4年)となり平安京から周防国へ赴任しました。
ひょっとしたら元輔とともに清少納言も平安京から周防国へ下向し少女時代を過ごしていたかもしれないと考えられています。



『枕草子』第121段より

 むとくなるもの 潮干の潟にをる大船。(以下略)

 (訳:かたなしなもの 潮が引いた干潟にじっと動かないでいる大きな船。)


『枕草子』第161段より

 遠くて近きもの 極楽。舟の道。人の仲。

 (訳:遠くて近いもの。極楽。舟の道中。人の間柄。)


『枕草子』第242段より

 ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。

 (訳:ただもうひたすら、過ぎに過ぎて行くもの 帆をあげている船。人の年齢。春、夏、秋、冬。)


こういった清少納言の船(舟)に関する関心は少女時代に瀬戸内海を経て周防国へ下向した際に見聞きした経験が活かされていると思われます。


長文なので割愛しますが『枕草子』第286段 うちとくまじきもの(=気の許せそうにないもの)には

 舟の路(みち)(=舟の道中)

が挙げられており、航海での海の様子や櫓を漕ぐ者たちや舟唄のこと、海女(あま)が獲物をとりに海にもぐることなどについて詳しく描かれています。


 【本文と訳の引用】
 「新編日本古典文学全集18 枕草子」 校注・訳:松尾聰 永井和子/発行:小学館



都の貴族女性である清少納言にとって海や舟は未知のものであり、そこで生活する人々の姿は印象的だったのでしょうね。
…周防国府跡のベンチに座り、しばし清少納言と清原元輔について思いを馳せたのでした。


こののち周防国府跡について知りたく思い、防府市文化財郷土資料館も立ち寄りました。
国府跡に関するパンフレットをいただけて展示内容も興味深くて嬉しかったです。





 ひとやすみ。

最後に防府市にある喫茶店「エトワル(Etoile)」へ。


コーヒーとストロベリーパフェをいただきました
おいしかったです!幸せ~。

昭和の懐かしい雰囲気で落ち着く素敵なお店でした。
案内してくださった友達に大感謝!


また防府を訪ねたいです!!

【PICK UP】 『源氏物語』ちはやぶる金の岬 織幡神社 <福岡県宗像市>

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※こちらの記事はwebサイト『花橘亭~なぎの旅行記~』内、「PICK UP」に掲載していたものです。(執筆時期:2013年)
ホームページサービス終了により当ブログへ移動しました。


 『源氏物語』ちはやぶる金の岬
 織幡神社

●所在地 :福岡県宗像市鐘崎224




『源氏物語』<玉鬘>に、玉鬘と乳母(めのと)たちが船旅で都から大宰府へ下る場面において、次のような一文があります。

 金の岬過ぎて、「われは忘れず」など、世とともの言種になりて、かしこに到り着きては、まいて遥かなるほどを思ひやりて、恋ひ泣きて、この君をかしづきものにて、明かし暮らす。


【現代語訳】
 金の岬を過ぎても、「我は忘れず」などと、明けても暮れても口ぐせになって、あちらに到着してからは、まして遠くに来てしまったことを思いやって、恋い慕い泣いては、この姫君を大切にお世話申して、明かし暮らしている。


【本文と訳はwebサイト『源氏物語の世界』より引用】


※この君(この姫君)とは、夕顔の娘である玉鬘のことです。
乳母たちは夕顔亡きあと、形見である玉鬘を大切な主人としてお世話したのでした。



・金の岬(かねのみさき)=鐘の岬

  福岡県宗像市鐘崎(かねざき)にある岬。
  筑前国の歌枕。
  鐘の岬の沖に地島や大島があります。
  潮流が激しく船旅の難所でした。


・「我は忘れず」
  夕顔のことをいつまでも忘れまい、という意。
  万葉集に詠まれた以下の歌を踏まえています。


 ちはやぶる 金の岬を 過ぎぬとも
  我は忘れじ 志賀の皇神(すめがみ)

   万葉集 巻七


“荒海を無事通過したとて海神を忘れまい”という内容です。




 これからご紹介する織幡神社(おりはたじんじゃ)は、金の岬(=鐘の岬)にある左屋形山の山頂に鎮座しており、歌に詠まれている志賀大神(しかおおかみ)も祀られています。

※万葉集に詠まれている「志賀の皇神」は志賀島にある志賀海神社の祭神という説もあります。
※「ちはやぶる 金の御崎を 過ぎぬとも~」の歌碑は志賀海神社と宗像大社の境内にそれぞれあります。



 創作(フィクション)とはいえ、『源氏物語』において玉鬘と乳母たちが手漕ぎの船に乗って、鐘の岬を見ながら船旅の安全を神に祈り、海路を進んだことを思い描くと胸が熱くなります。




 織幡神社は、宗像大社の境外摂社で「織幡宮(おりはたぐう)」ともいわれます。
 平安時代に編纂された『延喜式』では、宗像大社に次ぐ神社として記録されている格式高い神社です。



潮騒が聞こえる中、参道の階段をすすみます。



拝殿



横から見た拝殿と本殿


<御祭神>
 武内大臣  (たけしうちのおおおみ)
 住吉大神  (すみよしおおかみ)
 志賀大神  (しかおおかみ)
 天照大神  (あまてらすおおかみ)
 宗像大神  (むなかたおおかみ)
 八幡大神  (はちまんおおかみ)
 壱岐真根子臣(いきのまねこのおみ)


主祭神の武内大臣は、武内宿禰のこと。

 織幡宮は武人、武内宿禰を鎮護国家の備えとして、交通要衝 鐘崎に祀ったといわれています。
(境内の由緒書より)





沓塚(くつづか)
 武内宿禰公が両沓を残して昇天されたといいます。その沓が織幡多神社境内に祀られています。





参道沿いにある巨石。鐘崎には海の向こうから来た釣鐘が海中に沈んでいるという「沈鐘」伝説があります。
大正8年に引き揚げたところ、釣鐘ではなく巨大な石だったのだとか。





参道沿いにある「筑前鐘崎海女の像」。鐘崎は西日本の海女発祥の地として知られています。





【参考にさせていただいた本・パンフレット】
・『源氏物語の鑑賞と基礎知識』12玉鬘    監修:鈴木一雄 編集:平田喜雄 発行:至文堂
・『続・源氏物語紀行』            著 :鈴木幸子 発行:創英社 発売:三省堂書店
・『新編日本古典文学全集』22 源氏物語 3 校注・訳:阿部秋生 秋山虔 今井源衛 鈴木日出男 発行:小学館
・『人物で読む「源氏物語」第13巻 玉鬘』  監修:室伏信助 編集:上原作和 発行:勉誠出版
・「神郡宗像 摂末社めぐり」1 織幡神社   発行:宗像大社


【本】メトロポリタン美術館「源氏物語展」図録

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平安時代好きブロガー・『源氏物語』史跡ナビゲーターのなぎです。
『源氏物語』に関する本(図録)のご紹介です。


現在、アメリカ ニューヨークにあるメトロポリタン美術館にて
「The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated(源氏物語展)」が開催中です。

 3月 5日から6月16日まで。

 メトロポリタン美術館 公式サイト
 ⇒ https://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2019/tale-of-genji

 
この展覧会図録「The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated」が
Amazonを通じて購入できると教えていただき購入しました。



表紙


ご覧ください。この厚さ!
368ページあります。


裏表紙

本文は英語です。
様々な源氏絵、紫式部絵、工芸品、着物などがたっぷり掲載。

2008年から2009年の源氏物語千年紀に
横浜美術館で開催された「源氏物語の1000年—あこがれの王朝ロマン—」展で展示されていたアノ絵も
京都文化博物館で開催された「源氏物語千年紀展」で展示されていたアノ絵も
北九州市立美術館で開催された「源氏物語千年紀 石山寺の美~観音・紫式部・源氏物語~」展で展示されていたアレコレも
そして”幻の源氏物語絵巻”といわれるアノ絵も掲載!
もちろん漫画『あさきゆめみし』の絵も掲載。

六条院(宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の模型)や
寝殿造(風俗博物館所蔵の模型)の写真や図での解説もアリ!


ページをめくりながら嬉しくて興奮しました!!
源氏絵をご覧になるのが好きな方にオススメです。



 Amazonの商品ページへのリンクはこちら。

 

 The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated



【サイト更新】 源氏物語・紫式部関連イベントカレンダー 更新

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平安時代好きブロガー・『源氏物語』史跡ナビゲーターのなぎです。
サイト更新のお知らせです。


『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』源氏物語・紫式部関連イベントカレンダー 更新

現在把握している情報を表記しています。
お出かけのお役にたてましたら幸いです。

開催中 または これから開催される情報については
冒頭に ● で示しています。

そのほか、源氏物語や紫式部関連の展覧会やイベントが
開催されそうな寺社・博物館美術館へのリンク集ともなっています。

自薦他薦問わず、情報提供をお待ちしております。


 ・メールフォーム ・・・お返事が御入り用な方はこちらをどうぞ。
 ・Twitter(@kakitutei) ・・・リプライ、DMをお気軽に。



☆チェック!:Amazon/源氏物語の関連本

【サイト更新】「風俗博物館~よみがえる源氏物語の世界~」・「宇治市源氏物語ミュージアム」 更新

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平安時代好きブロガー・『源氏物語』史跡ナビゲーターのなぎです。
サイト更新のお知らせです。


『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』「風俗博物館~よみがえる源氏物語の世界~」一覧 更新

京都市下京区にある風俗博物館では、1998年秋から現在にいたるまで(途中、リニューアルのため休館期間もありました。)『源氏物語』の名場面を4分の1スケールの寝殿造の模型と人形で立体的に展示されており、平安時代の生活をうかがい知ることができます。

2000年から2019年までの展示内容を一覧にしています。






『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』宇治市源氏物語ミュージアム 更新

宇治市源氏物語ミュージアムは1998年(平成10年)にオープン。
2008年(平成20年)・2018年(平成30年)にリニューアルされた宇治市源氏物語ミュージアムのご紹介コンテンツです。

今回、紹介文の変更と写真の一部の差し替えをおこないました。




☆チェック!:Amazon/源氏物語の関連本

大変ご無沙汰しております

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平安時代好きブロガーのなぎです。

 

久しぶりにブログにログインいたしました。

何やら懐かしいような、新鮮なような…。

 

のんびりまた当ブログ「晴れのち平安」を

書いていこうかなと思っているところです。

もしよろしければお付き合いくださいませ。

 

 いつもはTwitterにいます。  

 なぎ(@kakitutei)https://twitter.com/kakitutei

 

☆チェック!:Amazon/源氏物語の関連本

【サイト更新】「風俗博物館~よみがえる源氏物語の世界~」展示一覧を更新

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平安時代好きブロガーのなぎです。
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『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』「風俗博物館~よみがえる源氏物語の世界~」展示一覧 更新

京都市下京区にある風俗博物館では

1998年秋から現在にいたるまで(途中、リニューアルのため休館期間もありました。)

『源氏物語』の名場面を4分の1スケールの寝殿造の模型と人形で

立体的に展示されており、平安時代の生活をうかがい知ることができます。



このページでは、

2000年から2022年までの展示タイトルを個人的な趣味で一覧にしています。

展示写真はupしておりませんのでご了承くださいませ。

(当サイトの「風俗博物館~よみかえる源氏物語の世界~」展示一覧のページはURLをお引越ししています。

 特にご案内していなかったのでURL変更に戸惑われた方もいらっしゃるかもしれませんね。

 ごめんなさいー!)

 

  Twitter :なぎ(@kakitutei)https://twitter.com/kakitutei

 

☆チェック!:Amazon/源氏物語の関連本

【日記】大河ドラマ「光る君へ」制作決定!

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平安時代好きブロガーの なぎ です。

 

2022年 5月11日(水)

NHKから2024年の大河ドラマについて報じられました。

 

 《大河ドラマ第63作》制作決定!

  主演・吉高由里子 作・大石静

  光る君へ

 

平安時代(摂関期あたり)が大河ドラマになるといいなと

思ってはいましたが、

衣裳やセットを考えると膨大なお金と技術が必要なので

難しいだろうと諦めていました。

 

 

すると

 

突然、紫式部の大河ドラマ制作が発表されて

現実を受け止めきれないところだよ!?

 

驚きと興奮と不安で心が乱れています。

 

どんな先生が監修に入られるのでしょう。

文学・歴史から両方の視点が必要な気がします。

 

平安時代の宮中や邸宅の様子、調度品、色とりどりの装束などなどを

たくさん見られるだろうと思うと嬉しくてたまりません!

 

個人的に思うのは…

 ・紫式部がどうして「まひろ」と名付けられたのか由来が知りたい

 ・どうか安易に清少納言と絡ませようとしないで欲しい

 (紫式部と清少納言は同時期に宮仕えしていません)

 ・藤原道長と紫式部の間に信頼関係はあってもラブラブになって欲しくない

 (道長には源倫子と源明子を大事にしていて欲しい)

 ・紫式部の夫である藤原宣孝との絆も描いて欲しい

 ・紫式部の娘である賢子を可愛く!!

…といったところでしょうかw

 

ともあれ、2024年 大河ドラマ「光る君へ」

楽しみです!!

 

 Twitter(@なぎ)https://twitter.com/kakitutei

【日記】大河ドラマ「光る君へ」に向けてわくわく

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2024年 大河ドラマ「光る君へ」放送に向けて
そして、放送中もきっと

紫式部や源氏物語に関する本が
玉石混淆で発売されるだろうし

紫式部や源氏物語に関するイベントや展覧会も
各地で開催されそうですよね。

今からそれらの出費に備えて貯金しなくては!


2024年の大河ドラマ「光る君へ」は
『源氏物語』ではなく「紫式部」の生涯を通じたお話。

というわけで紫式部に関する本で
私が持っている本を取り急ぎ並べてみました。
(紫式部集や紫式部日記はのぞく)



・学研まんが NEW日本の伝記 紫式部
・紫式部ひとり語り
・コレクション日本歌人選044 紫式部
・人物叢書 紫式部
・紫式部伝 源氏物語はいつ、いかにして書かれたか
・人をあるく 紫式部と平安の都
・紫式部伝 その生涯と『源氏物語』
・紫式部の方法


大河ドラマ放送の頃はどんな紫式部本が発売されるかしら

☆Amazonへのリンク
紫式部に関する本

【装束】小袿と十二単のこと

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平安時代好きブロガーの なぎ です。


平安時代の姫君[女主人]は
いわゆる十二単を着ていないことは知られていますが、
通常は単(ひとえ)の上に袿(うちき)を重ねた姿。

礼装はその上から小袿(こうちぎ)を着ていたそうで。
一番上に着ることから上等の生地が用いられたのだとか。









そんな姫君(女主人)に仕えたり、
宮中でつとめたりする女性は
いわゆる十二単を着ていたのだそうで。

一番上に来ているのは小袿ではなく唐衣(からぎぬ)。
後ろには裳(も)をつけて長くひいています。





個人的に後ろ姿が好き…(*´Д`)



小袿姿と十二単姿でそれぞれ並ぶと違いがわかりやすいかも?



*小袿姿
 単+袿を数枚重ねる+[表着]+小袿

*十二単姿
 単+袿を数枚重ねる+表着+唐衣+裳


平安時代の表着(うわぎ)の扱いについて
私はよくわかっていないので説明は避けます




※装束は2009年に平安装束体験所さんで着装体験した時のものです。
(現在は移転されプランや料金設定など変更されています)
※装束を着ているのは私です。



Amazon.co.jp : 紫式部


【本】『源氏物語図典』(小学館)

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平安時代好きブロガーの なぎ です。

2024年の大河ドラマ「光る君へ」放送に向けてオススメ本。

 

『源氏物語図典』

 編集 :秋山 虔 、小町谷 照彦

 作図 :須貝 稔

 発行所:㈱小学館

 定価 :3400円+税

 発売日:1997年 6月18日

 

 

小学館による源氏物語図典の紹介ページはコチラです。

☆Amazonへのリンク:源氏物語図典

 

 ”本書は「源氏物語」に現われる有職関係の語句を

 網羅的に抽出した1000項目を、以下の13章に分類した。  

 ①平安京と宮殿  

 ②建築物  

 ③調度品  

 ④乗物  

 ⑤衣服

 ⑥色と文様

 ⑦音楽・舞楽

 ⑧遊戯・娯楽

 ⑨ 信仰  

 ⑩行事 

 ⑪通過儀礼  

 ⑫貴族生活の諸相

 ⑬動植物、である。

 

 280枚のカラー写真と320点のモノクロ図版を駆使して

 それぞれの項目を詳しく解説した。”

 

源氏物語が書かれた時代のあれこれがわかる一冊。

大河ドラマ「光る君へ」を見る際に気になることを

すぐに確認できて役立つことと思います。

 

個人的感覚としては 中学・高校生時代に親しんだ

「国語便覧」の豪華版のような…。( *´艸`)

 

 

☆Amazonへのリンク:源氏物語図典

 

 

【サイト更新】「宇治市源氏物語ミュージアム」のページを編集

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平安時代好きブロガーのなぎです。
サイト更新のお知らせです。

『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』源氏物語ミュージアム 更新

京都府宇治市にある宇治市源氏物語ミュージアムは

1998年(平成10年)にオープン。

2008年(平成20年)・2018年(平成30年)に

リニューアルされました。


このページでは、宇治市源氏物語ミュージアムについて

個人的な趣味で ご紹介しており

今回の更新では

展示内容や喫茶のお店など編集しています。

お楽しみいただけましたら幸いです。

 

☆チェック!:Amazon/源氏物語の関連本

 

【情報】京都産業大学むすびわざ館2階 ギャラリーにて企画展「女子宮廷装束の華」開催

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平安時代好きブロガーの なぎ です。

装束に関する展示の情報。

 

京都市下京区にある京都産業大学むすびわざ館2階 ギャラリー にて

第25回企画展「女子宮廷装束の華」開催

 

 2022年 5月18日(水)~ 7月 9日 (土)

 (休館日:日曜・祝日 /ただし、6月19日(日)、7月3日(日)は開館)

 

 ※京都産業大学ホームページ

 ⇒ https://www.kyoto-su.ac.jp/

 ※第25回企画展「女子宮廷装束の華」開催

 ⇒ https://www.kyoto-su.ac.jp/events/20220518_869_shozoku.html

 

”宮廷文化は1200年前から京の宮廷を中心に形成され、

時代とともに多彩な展開を遂げてきました。

本企画展では京都宮廷文化研究所所蔵資料のうち

十二単などの宮廷装束を中心に展示を行います。

様々な装束を通して、京で花開いた文化を紹介いたします。”

 

<関連イベント>

 どちらも来場・オンラインでの参加ができます。

 事前申し込み必要。

 

  シンポジウム「平成と令和の大礼を振り返る」

  6月19日(日)13時~

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  公演「女子宮廷装束~十二単の着装実演~」

  7月 3日(日)13時30分~

  ⇒ https://www.kyoto-su.ac.jp/events/20220703_869_chakuso.html

 

お近くにお住まいの方もそうでない方もどうぞ。

 

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【平安あれこれ】紫式部の曽祖父・藤原兼輔のこと

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平安時代好きブロガーの なぎ です。

平安あれこれ。

 

紫式部の曽祖父

藤原兼輔

 

877年(元慶元年)~933年(承平3年)2月18日

 

平安前期の公卿。歌人。
中納言兼輔または堤中納言と呼ばれた。

[紫式部は曾孫にあたる。]

父は、藤原利基。
母は、伴氏。

醍醐天皇の叔父である藤原定方の従兄弟で

定方の娘婿でもあったため、定方の庇護もあり、

醍醐天皇に近侍した。

娘の桑子は醍醐天皇の更衣になり章明親王を産む。



親交が深かった敦慶親王(930年2月)・

醍醐天皇(930年9月)・藤原定方(932年)の

死が相次ぎ晩年は寂しい思いをしたのだとか。

 

家集『兼輔集』を遺す。

 


兼輔は、歌人の紀貫之(きのつらゆき)や

凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)とも親しくしており

兼輔・定方・醍醐天皇・敦慶親王の4人は

醍醐朝の和歌文化を高めました。

兼輔が居住する堤第(つつみてい)は

歌人たちが集うサロン的な存在だったようです。

 

(清少納言の祖である清原深養父も兼輔の堤第に召されて

琴などを弾いていたのだとか。)



藤原兼輔は「中納言兼輔」の名で、

藤原定方は「三条右大臣」の名で

それぞれ『百人一首』に和歌が撰ばれています。

紀貫之・凡河内躬恒の和歌もあわせて以下にご紹介します。

 

みかの原 わきて流るる いづみ川

   いつみきとてか 恋しかるらむ

            中納言兼輔

名にしおはば 逢坂山の さねかづら
   人に知られで くるよしもがな

            三条右大臣

人はいさ 心も知らず ふるさとは
   花ぞ昔の 香に匂ひける

            紀貫之

心あてに 折らばや折らむ 初霜の
   おきまどはせる 白菊の花

            凡河内躬恒

 

 

下記の藤原兼輔の歌は、『源氏物語』作中に度々、子を思う親心、

闇=子を思うゆえに迷う心 として引用されています。

 

 人の親の 心は闇に あらねども
   子を思ふ道に まどひぬるかな

       中納言兼輔 (後撰和歌集)

 

 

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【平安あれこれ】紫式部と皇族との繋がり

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平安時代好きのブロガー なぎ です。

系図をぼーっと見ていてふと思いました。

 

天武天皇の皇子・舎人親王の子孫である清少納言。

 

大おばの藤原桑子が醍醐天皇に入内して章明親王が生まれている紫式部。

紫式部の父・藤原為時は章明親王のいとこにあたるのですね。

章明親王は990年に亡くなっているので

973年頃(?)に生まれた紫式部と章明親王は

ひょっとしたら面識があるかもしれない…!?

 

当時の貴族って親族とどの程度の交流があったのかしら。

 

 

清少納言と紫式部、それぞれ祖や身内に皇族がいた

いわば血筋の良さの矜持のようなものはあったのか。

気になる気になる。むむむ。

 

 

また、章明親王の娘3人のうち

隆子女王と済子女王はそれぞれ

伊勢斎宮に卜定されています。

 

紫式部が『源氏物語』に

伊勢斎宮(=のちの秋好中宮)を登場させたり

野宮を舞台にしたのは

身内に伊勢斎宮がいたからこそ

関心や親しみをもっていたのかも…?

 

想像(妄想?)は尽きません。

 

 

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