平安時代好きブロガー なぎ です。
毎年10月に入ると「亥の子餅(いのこもち)」を販売し始める和菓子屋さんが出てきます。
今回は『源氏物語』第9帖 「葵」巻でもその名が登場する「亥の子餅」について。
【イラスト:かわいいフリー素材 いらすとや】
平安時代の宮中における十月の年中行事のひとつ、「猪子祝(いのこいわい)」[亥の子の祝い]で用いられた餅は「亥の子餅」と呼ばれたそうです。
亥の月 亥の日 亥の刻 に 猪の子の形をした餅…「亥の子餅」を食べると万病が避けられるといわれており、たくさん子どもを産む猪にあやかり子孫繁栄が願われたのだとか。
(猪の子の形をした餅であって、猪は入っていません。)
亥の月:旧暦10月 亥の日:平安時代の場合、旧暦10月の初めての亥の日 亥の刻:午後9時~11時頃
旧暦での四季は
春:1月・2月・3月
夏:4月・5月・6月
秋:7月・8月・9月
冬:10月・11月・12月
旧暦10月は冬でありこれから本格的な寒さに向かう頃…。
無病息災を願うのにふさわしい時期なのかもしれません。
『源氏物語』第9帖「葵」巻では、光源氏と紫の上が結ばれた第二夜に、「亥の子餅」が登場する場面があります。
『源氏物語』「葵」巻より
その夜さり、亥の子餅参らせたり。かかる御思ひのほどなれば、ことことしきさまにはあらで、こなたばかりに、をかしげなる桧破籠などばかりを、色々にて参れる ~(略)~
[現代語訳:その晩、(お邸の者が)亥の子餅を御前に差し上げた。こうした(葵の上の)喪中の折なので、大げさにはせずに、こちらの姫君(=紫の上)のものにだけ美しい桧破籠などぐらいを、様々な色の趣向を凝らして持参した ~(略)~]
【本文・訳は渋谷栄一氏のwebサイト『源氏物語の世界』より引用】
十月初亥の日、「亥の子餅」が光源氏と紫の上のもとに届けられます。
光源氏は葵の上の喪中であるため、葵の上の服喪に関係のない紫の上にだけは趣向を凝らした美しい檜破籠(ひわりご)に入れられた「亥の子餅」が用意されました。
※檜破籠(ひわりご)=破子(わりご)とも。食べ物を入れて運ぶための蓋つきの容器。檜の薄い板を折り曲げて作り、中に仕切りを入れたもの。
亥の子餅が用意されたあと、光源氏は惟光を呼んで「この餅をこうたくさんではなく明日の夕暮れにこちらに差し上げよ。今日は日柄が良くない日だった。」と伝えます。
機転が利く惟光は、この言葉で光源氏が紫の上と結ばれたことを察し、翌日の夕暮れに「三日夜の餅」を用意するのでした。
※三日夜の餅=平安時代の結婚の始まりは三日連続男性が女性の元に通うことであり、三日目の夜に「三日夜の餅」と呼ばれる餅が食べられました。
『源氏物語』第9帖 「葵」巻の内容から、光源氏と紫の上が結ばれたのは旧暦10月の初亥の日の前日であることがわかります。
突然のことでショックを受けた紫の上の心中を思うと、毎年この時期は少し複雑な気持ちになる私なのでした…。
さて。
現在の「亥の子餅」は、10月~11月(旧暦10月)頃、和菓子屋の店頭に並ぶことが多いです。
同じ「亥の子餅」という名でイノシシの子を模した姿でありながら、お店によって異なるので食べ比べをしても楽しいと思います。
2022年の場合
亥の月 初亥の日 亥の刻
↓ ↓ ↓
11月 6日 午後9時〜11時頃
もし叶うならば、2022年は11月 6日 午後 9時~11時頃に「亥の子餅」を食べたいですね。
以下の写真は私が今までいただいたことがある「亥の子餅」です。
(現在も取り扱いがあるのか変更があるのかについて確認できていません💦)
【京菓子司 俵屋吉冨 (京都市)】
【御菓子處 五島(福岡市)】
【京菓匠 甘春堂 (京都市】
【とらや (京都市)】
【有職菓子御調進所 老松 (京都市)】
【御生菓子舗 米満軒 (京都市、清凉寺仁王門前)…閉店】
【大福餅老舗 (京都市、千本ゑんま堂近く)】
【栄屋菓子舗 (埼玉県桶川市)】
【御菓子司 かぎ甚 (京都市)】
(実際はもっとふっくら)
【丸芳露本舗 北島 (佐賀市)】
※この記事は、私が作成しているホームページ『花橘亭~源氏物語を楽しむ~』>「源氏物語追体験」>平安時代の菓子「亥の子餅」のページをもとに編集・加筆しました。
【参考】
江馬務 著 『有職故実』 河原書店 1992年(13刷)
角田文衛 監修/(財)古代学協会・古代学研究所 編『平安時代史事典』OD版 角川学芸出版 2012年
鈴木一夫 監修/宮崎莊平 編『源氏物語の鑑賞と基礎知識』No,9 葵 至文堂 2000年
五島邦治 監修/風俗博物館 編集『源氏物語と京都 六條院へ出かけよう』光村推古書院 2005年
村井康彦 監修『源氏物語の雅 平安京と王朝びと』京都新聞出版センター 2008年
川村裕子 著/早川圭子 絵『はじめての王朝文化辞典』角川ソフィア文庫 2022年
はじめての王朝文化辞典 (角川ソフィア文庫) 川村 裕子 KADOKAWA