平安時代好きブロガー なぎ です。
2022年 5月のこと。
紫式部邸宅址に建つ廬山寺をお参りしました。
玄関では金色に輝く紫式部像がおわします。
↓紫式部像について解説。クリックで拡大します。
玄関前には、
源氏物語ゆかりの地 説明板 廬山寺
がありますのでご一読を。
↓クリックで拡大
説明板に記されているように、廬山寺が建つ地は
紫式部の ”曽祖父の堤中納言こと藤原兼輔の屋敷があった地で、
式部の父の藤原為時に譲ったことから、ここで『源氏物語』や
『紫式部日記』が執筆されたという説があり ”ます。
☆藤原兼輔については当ブログ内のこちらの記事もどうぞ。
廬山寺の源氏庭には「紫式部邸宅址」の顕彰碑があり、
白砂と苔が美しい庭です。
いつまでも眺めていたくなるような落ち着く気持ちに…。
紫式部の紫にちなみ、
紫色の花を咲かせる桔梗が6月から9月あたりまで咲くのも素敵ですよ!
(私が訪ねた5月下旬は、桔梗の開花はまだ先の状態でした。)
源氏庭にある「紫式部邸宅址」碑
何度も何度も訪ねているお寺ですが
四季折々、お庭を楽しみたいです。
玄関前には大弐三位と紫式部の歌碑があります。
大貮三位
有馬山ゐなのささはら風ふけば
いでそよ人を忘れやはする
紫式部
めぐりあひて見しやそれともわかぬまに
雲かくれにし夜半の月影
↓ 紫式部 大貮三位 歌碑 クリックで拡大します
大弐三位(藤原賢子)は紫式部と夫・藤原宣孝との娘。
親仁親王[のちの後冷泉天皇]の乳母となり
従三位 典侍に。
夫は大宰大弐 高階成章。
そのため大弐三位と呼ばれました。
廬山寺
http://www7a.biglobe.ne.jp/~rozanji/
京都市上京区寺町通り広小路上る北之辺町397
余談ですが、廬山寺(ろざんじ)の 廬 は間違えやすい漢字です。
廬 が正式で 盧・蘆 ではありません。
(私もよく 盧山寺 と打ち間違えてしまいます💦)
紫式部と平安の都 (人をあるく) 倉本 一宏 吉川弘文館