

2010年9月に
風俗博物館を訪ねて撮影した展示の様子です。
寝殿において
『枕草子』「小白河といふ所は」より
「法華八講(ほっけはっこう)~貴族女性の最大の娯楽・法会聴聞~」
の場面が展示されていました。


舞台は、藤原済時(なりとき)の小白河の邸宅に見立てられています。
<博物館レジュメより>
“寛和二年(986年)の旧暦6月18日~21日の4日間、浄土を思わす満開の蓮(はちす)の中、藤原済時(権大納言右大将)の小白河(こしらかわ)の邸宅において法華八講の法会が営まれた。左右の大臣以外はうちそろって諸卿が参会する中、清少納言も聴聞に訪れた。清少納言21才、この日は法華八講結縁の日である。”

かわいらしい様子の元服前の公達。

左から
藤原道隆、藤原実方、藤原義懐、藤原為光

藤原道隆・三位中将

藤原実方・実方兵衛佐

藤原義懐・権中納言

藤原為光・藤大納言

右側
講師(こうじ)清範(せいはん)
“朝座(あさざ)の講師を務める清範は、25歳の若さで文殊の化身と称されるほとの読経の名人で、その尊く美しい様子は高座の上も光が満ちているような心地がしてとてもすばらしい。”

本尊 普賢菩薩像

左から
藤原済時、藤原佐理、藤原相任

藤原済時・小一条大将

藤原佐理

藤原相任・長命侍従


清少納言が乗る牛車と「後に来たる車の女君」が乗る牛車。
“貴族の女性が男性と直接顔を合わすことは慎まれていた時代、当然法会も女性は建物の外で、牛車の車中から説教を聞いていた。牛車より目にする法会の室礼(しつらい)や僧侶・参会の殿上人の風雅を目にすることは、めったに外出することのなかった貴族女性の一大イベントだと考えられる。”

後に来たる車の女君


清少納言
“この約7年後、清少納言は28歳の折、その分才を見込まれ、17歳の道隆の娘・中宮定子のもとに出仕した。”

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